読書記録:上杉鷹山(下)

背景

 上巻では、米沢藩本国の重役二人と学者一人が処刑された。鷹山の改革を、私欲のために執拗に妨害したためだ。彼らに処罰が下され、鷹山の改革が本格的に始動する兆しを見せ、上巻は幕を閉じた。鷹山の精神が、米沢藩をどう蘇らせ、改革がどのように帰結するのか、胸を高鳴らせながら本書を手にした。

要約

 重役たちに処罰が下り、改革はようやく緒に就き始めた。鷹山の精神も民衆に行き届き、彼らは生き生きと生活している。老婆や子供は鯉を育て、侍の妻は織物をし、侍は土を耕した。みな生きがいを見出したのだ。また、藩士だけでなく藩民も通える学校を作ろうとすれば、募金が集まった。同時に、側近である佐藤文四郎の恋や、山口新介との友情が描かれ、穏やかな米沢藩の日常が見える。その一方、改革派とそうでない者たちの間で分断が進む。開墾地にて労働する侍を「原方のクソつかみ」、城の中で役人仕事をする侍を「城下町の粥腹」と互いを罵りあう。そんななか、さらに不穏な予感が鷹山を襲う。悪い家老、悪い役人がいると町巡りで度々耳にする。しかも「家老」だと言う。さらに、側近たちも鷹山に何か隠している様子。そして鷹山は思う。最近竹俣の様子がおかしい。しかし、改革の責任者、かつ一番の功労者である竹俣が、悪行をするはずがない。そんな時、鷹山は藩士の噂話を聞く。竹俣のことだ。竹俣は、町を巡り歩いては、農民に接待をさせ、年貢の高低によって待遇を変えていたという。ほかの側近たちもこのことを知り、鷹山に隠していた。それは、鷹山を傷つけないためだった。鷹山は、竹俣の良心を信じ、彼が再考する日を待った。しかし、権力の魔性に脅かされていた竹俣は遂に大失態を犯す。酒を飲みすぎ、上杉家の法要を寝過ごしたのだ。これを機に、竹俣は禁固刑に処された。もう一人、改革の功労者である莅戸も責任を感じ失脚。信頼のおける側近が退却しながらも、鷹山はその後の飢饉を乗り越え、藩を富ませていく。そして、鷹山が34歳の時、後任を世子である治広に継がせた。しかし、これが失敗。財政は悪化し、鷹山が藩に来た当初と同等の貧しさに戻ってしまった。心を入れ替え、10年の禁固を解かれた竹俣の助言により、鷹山は隠居生活から表舞台に舞い戻る。財政は回復し、藩民にも豊かさが戻った。そして最後、佐藤に連れられ、鷹山は信じがたいものを目にする。それは、無人販売所だ。人気のない林道に、生活や旅の必需品が無人で売られている。誰も盗んだりしない。互いを信頼し合っている証拠だ。鷹山は藩の財政だけでなく、民の心も蘇らせた。鷹山、佐藤、山口の三人はお結びを食べ、笑い合った。

ポイント

 鷹山は養子であるにもかかわらず、17歳で米沢藩の藩主となった。そして、藩政改革を行い、財政を潤わせ、米沢に「忍びざるの心」を植え付けた。鷹山が推進した地場産業は、今でも米沢の特産品として知られている。一人の青年が、組織のトップに立ち、周囲の人間を豊かにしていく。しかもそれは、一時にとどまらず未来にまでも及ぶ。これこそ、リーダーの存在意義ではないか。鷹山は、見知らぬ土地で見知らぬ家臣たちに囲まれながら、藩主となった。ゼロからのスタートだ。その若さゆえに、知識も経験も足りない。しかし、彼には卓越した人間性があった。人間の善性を心から信じ、人間を愛し、人間を幸福にさせようという覚悟があった。リーダーには、能力ではなくこのような精神が必要なのだ。鷹山の人を引き付け動かす力、先を見通す先見性、能力に見えるこれらの力はすべて、鷹山の精神から発しているはずだ。真剣に藩の民を考え、命を懸けて改革に臨むからこそ、熱意が人に伝わり、未来のことまで見ることができる。

感想

 本書で登場する組織、商売、人間における諸問題は、普遍的であると思う。これらに対する改革は、実社会においても応用可能と感じる。特に、人間の醜い感情は時代や場所を超えて、誰にでも備わる。鷹山は人間の汚い部分に真っ向から向き合った。民衆の富を第一に考え、終始高潔な政治にこだわった。実際、この精神が、死にかけていた米沢の財政を一新させ、民衆に活力を与え、米沢の土地を蘇らせた。私も彼のように、周囲に価値を与えられる、そんな人間になりたいと思った。しかし、どうすれば彼のような人間性を身につけられるのだろうか。それは、人間に真摯に向き合い、ぶつかり合い、社会のための大志を抱くことから始まると思う。人間とのかかわりの中で、己の人格を見つめなおし、削り、磨き挙げていく。壁にぶつかり、くだかれ、また強くなって再生する。鷹山の若くして堂々たる振る舞い、複眼的な視野、洞察力は、このような苦悩の積み重ねから鍛えられたのではないか。本書では、米沢藩の養子になる以前の鷹山については詳しい記述がない。それについては、さらにリサーチを進め、鷹山の人格形成について迫っていきたい。

小説 上杉鷹山〈上〉 (人物文庫) 

小説 上杉鷹山〈下〉 (人物文庫) 

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